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起こったことという現実

「少年A」この子を生んで……―父と母悔恨の手記 (文春文庫)
我が子への愛情を持つ両親が公になることを前提に書いたものであるから、当然自分たちの全てをさらけ出しているわけではないと思うが、これが現実ではないだろうか。どんな親であれ、自分の子供が殺人事件の加害者になったという事実に冷静に対応などできはしまいし、その部分のみを責めて親の教育の問題へとつなげるのは短絡的過ぎる。

被害者の父親による手記「淳 (新潮文庫)」を読むと、この両親が世間の基準でいう「まともな親」だったかどうか疑問であるし、親に同情する気持ちは起こらないが、積極的に我が子を殺人や異常性欲に興味を持つように教育したのでも無い限り、どこまで親の責任を問うものか考えさせられる。

どんな親も完璧な教育をすることはできないし、全く自由放任に育てても立派に育つ子供もいる。同じに育った加害者の兄弟が同じく殺人を犯しているわけでもない。「うちの子にかぎって」という言葉が昔流行ったが、親はどこまで子について理解できるのか?親とは子にとって何か?親の責任とは何か?について考えてみるきっかけとなる書だ。
引用元:起こったことという現実
「少年A」この子を生んで……―父と母悔恨の手記 (文春文庫)
この本は、本当に自分の為になります。教養も身につきますし、日本語学校に通っている生徒さんは皆真面目であり、悪気が無いのです。お見舞いのときに現金をもってきたり、仏花を持ってきたりしてしますが、彼等の国では当たり前のことをしているだけなのです。

日本語は日本人でも難しいですが、その裏には長い歴史の上に積み重なってできたものだと知りました。自分の敬語も間違っているものが多いと気づいたので、これからは、言葉遣いに気をつけなければならないと考えました。

本当に笑えて、教養になるすばらしい本だと考えます。
引用元:

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