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起こったことという現実

「少年A」この子を生んで……―父と母悔恨の手記 (文春文庫)
我が子への愛情を持つ両親が公になることを前提に書いたものであるから、当然自分たちの全てをさらけ出しているわけではないと思うが、これが現実ではないだろうか。どんな親であれ、自分の子供が殺人事件の加害者になったという事実に冷静に対応などできはしまいし、その部分のみを責めて親の教育の問題へとつなげるのは短絡的過ぎる。

被害者の父親による手記「淳 (新潮文庫)」を読むと、この両親が世間の基準でいう「まともな親」だったかどうか疑問であるし、親に同情する気持ちは起こらないが、積極的に我が子を殺人や異常性欲に興味を持つように教育したのでも無い限り、どこまで親の責任を問うものか考えさせられる。

どんな親も完璧な教育をすることはできないし、全く自由放任に育てても立派に育つ子供もいる。同じに育った加害者の兄弟が同じく殺人を犯しているわけでもない。「うちの子にかぎって」という言葉が昔流行ったが、親はどこまで子について理解できるのか?親とは子にとって何か?親の責任とは何か?について考えてみるきっかけとなる書だ。
引用元:起こったことという現実
「少年A」この子を生んで……―父と母悔恨の手記 (文春文庫)
 著者の黒沼君は、昨年癌のため、病死しました。一生懸命、被害者の遺族の話・相談を聞いて、本人が癌で命を落とす直前まで、適切なアドバイスをしていたし、場合によっては数時間にも及ぶ相談に乗ったりしていました。彼は元々身体が丈夫では無くて、腰の骨がすべる病気や、頚椎のヘルニアに悩まされながら、必死に活動してたのだから、「もっと相談時間を制限し、場合によっては費用を貰ってもいいじゃないか」と言ったのに、そんな事の出来る人じゃ無かったのです。遺族から頼りにされ、どこにも頼めない書類を作ったり、全部自分の中に問題を抱え込んだりして。結局この本を書くための取材費や、執筆中の生活費が全部借金となって残ってしまい、返却するために無茶苦茶な方法で仕事をし、自分の命を落としてしまいました。黒沼君が病気になってから、各方面でカンパ等が行われ、皆が彼の為に動いてくれたのが、せめてもの救いです。お礼を申し上げます。
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