あやのずばっとむにゃむにゃ日記Top > 

謎を解くのはあえて物理学者である必要はないと思いました

聖女の救済
最後のトリックがわかった時、東野圭吾氏の、話の展開のさせ方の巧みさには大いに感心させられました。
そして私自身も、先入観にとらわれながら読み進めていたことに気づきました。

しかしそのトリック自体は、『容疑者xの献身』のような「言われてみるとシンプルなことだけど、盲点になっている」トリックに比べたら、非現実的である分、読んでいて想像できないのも当然であるとも思え、心底唸らされるものではなかったような。
また、このトリックであれば、「強烈に頭の回転が速く、考え方が柔軟で、鑑識との連携がきちんととれるキャラクター」であれば、謎を解くのは、あえて「物理学者:湯川」である必要はないように思いました。

単に推理小説として読むならば、それなりに楽しめるとは思いますが、そもそもガリレオシリーズは、「物理学者:湯川」でなければ解けないであろう、科学的な知識を屈指した謎解きに面白さがあるわけで、そんなガリレオシリーズならではのものをこの小説に求めている方にとっては、少々物足りなさを感じるであろうと思います。
引用元:謎を解くのはあえて物理学者である必要はないと思いました
聖女の救済
1巻時点では高評価したのですが、
この巻であっさり自分内の評価が裏返りました。

7話までは良かったのですが、
8話あたりから簡単に侵入しすぎ…。
(唯一の改善点は、侵入の表現が
 画面表示からディスクアクセスに変わったくらいか)

リアルである必要はないけど、
リアリティは必要かと。

クラッキング関係のあれこれに目が行きがちな方には
もはやオススメできない代物になっています。

袈裟が憎けりゃ坊主も憎い。
ストーリーも練りが足らないと感じられてくるから恐ろしい。

人それぞれかも知れませんが、私としては、
ストーリーの進行が多少遅くとも、
もう少し色々丁寧にやって欲しいです。

引用元:

関連エントリー

あやのずばっとむにゃむにゃ日記Top > 

お気に入り

カテゴリー