愛おしい小説
![]() | ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを (ハヤカワ文庫 SF 464) |
大富豪でありながら慈善事業に一身を投げ出し、持てる財産を次々と減らしてしまう主人公エリオット・ローズウォーターさんの行動は
現代社会の一般的な視点から見れば異常と言うほかなく、実際、彼の父は息子を精神異常者扱いします。
膨大な資産を有効に運営するだけでも汗水たらして日々働く労働者よりも収入が入る、
なのに息子は困った人を助けるために惜しげもなく財産を使う。彼にとって息子に財産を与えることは豚に真珠をやるも同然なのです。
もちろんヴォネガットはそんなことだけを考えてこの副題を決めたのではない。
ヴォネガットが批判したいのはエリオットの父親のような金満家と、そういった人物を崇め、へつらってきた現代社会そのものなのです。
エリオットはそうしたヴォネガットの心情を一身に引き受けており、そのために金持ちを尊敬しない。
彼が尊敬するのは他でもなく、日々を危険とともにありながらも命を賭けて人命を救う、消防士なのです。
そんなエリオットから見れば、俗にひたりきった金持ちが大金を持って気ままに振舞っていることこそが「豚に真珠」です。
だが、この小説が真に凄いのは、単にエリオットの礼賛小説であることではなくむしろ、作中でおきる事件のことごとくがエリオットにとって不利なものであることです。
妻は夫の行動を素晴らしいものと捉えつづけながらも度を越した慈善活動に疲れきり、結婚生活を継続することを諦めるほかなくなってしまい、
エリオットに恩義を受け、彼を慕った町の人々も、ひとたびエリオットが離れてしまうと手のひらを変えて悪し様に言うようになる。
こんな世の中ではたして人は何のために生きるか、それがヴォネガットの残した課題だと思います。
あまりにも途方もない理想家で、周囲の空気を読めず、度というものを知らず、だけども優しい。
そんなエリオットは紛れもなく作者ヴォネガットの人格の大部分を占めているでしょう。
こんな金が支配するロクでもない世の中に、人間そのものに希望を持ち、
それを最後まで失いきることがなかったヴォネガットの魂が、天の上で「誰かさん」の恵みを得ることを心から願います。
引用元:愛おしい小説
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