いつか人が・・・こうなる日が来ても
![]() | 明日も愛してる (Holly NOVELS) |
ここまで泣いた小説は・・十二国記以来?
BLではこの作品が初めてでした。心持ってかれます。
すぐに何も解らなくなる人に、明日も愛してる、なんて私は悲しくて言えません。
最初は主人公達に浸り、二回目は自分に置き換えて読みました。
主人公の櫂は、事故の後遺症で13分しか記憶を留められず、
新しい記憶を蓄積できない生活を5年間送っています。
目が覚めればまた知らない自分、人、時間、そして気持ち。
しかし彼が精神崩壊までいかないのは、
元々の聡明さと、強い精神力があるからこそだといいます。
櫂は人間的にとても魅力的な人物なのだと思いました。
彼のハウスキーパー兼、事故前からの恋人・津田は、
文章的になかなか掴めなかったんですが、
櫂の事を凄く大切に愛してるという事は、一番に伝わってきました。
中盤辺り、飴を買って二人で花火を見るシーンがあります。
津田が、櫂に唐突に愛を述べます。
その瞬間の櫂は、いつもとは違う、とてもはっきりした頭で聡明さを取り戻し、
事故前の、多分津田と出会う前の【櫂】が津田の目の前に現れます。
津田の【あなたなのか・・・?】という台詞に、胸が締つけられました。
自分でもここまでリアルに、文章の中の人物の顔を想像出来るとは思いませんでした。
ここからやっと、津田という人物を理解していきました。
もう、涙でぐしょぐしょになりながら、
本来の櫂と、恋人津田の13分間のやりとりを胸に刻みました。
あっという間でしたが、ここは本当に感動して泣きました。
最初と最後は濃いめのHシーンあり、でこれが結構リアル。
現状を理解出来ない櫂に、その場に応じた言葉を言います。
そうゆう津田の気持ちを理解してあげた、この13分間のやりとりは
読んでて一番救われた想いです。
読み終えても表紙を見れば、鮮明に文章を思い出せます。
櫂の表情がいいですねぇ・・なかなか余韻が抜けない小説でした。
しかし、全体的にそんなに重くはないし、悲観的にもならないので
是非興味があったら読んで泣いてくださいませ!
オススメします!
引用元:いつか人が・・・こうなる日が来ても
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テレビドラマの「アイシテル 海容」を見て、この事件をあらためて知りたくなり読みました。
当事者が書いたものは、やはり違います。
出版するにあたり、少しでも同情や許しを得たいという気持ちもあるでしょうから、それなりに考えて書いただろうと思います。でも、隠そうとしてもやはり核の部分は現れてしまっているのではないでしょうか。
私が一番強く感じたのは、母親の自己愛、子供ではなく理想の家庭、母親像ばかり気にしていたのではないかということです。少年に対する母親の言動は一方通行でキャッチボールがなされていません。しようともしていません。例えば、手記の中、自分の言葉はしっかり覚えているのに、その時の少年の返事や表情は覚えていないことが多過ぎだと思います。少年から何らかのサインが出ていたと見て取れるのですが、書いている本人がまったく気付かず自分の都合のいいように解釈しています。
また、しきりに「厳しくしていない、勉強できなくても普通の子であればいい、本人の気持ちを優先してきた」と書いているのですが、「Aには期待していない、というより、Aは普通の子より出来が悪いからすでにあきらめている」という気持ちが見え隠れしており、おそらく表面にもでていたのだろう、と推測できます。
一番ぎょっとしたのは母の日のくだり最後で、子供達はこんなことをしてくれました、という微笑ましいエピソードかと思いきや、
〜母の日には、息子三人が肩凝り性の私の肩や手足をよくマッサージしてくれました。
「明日は母の日やで。」
あまり早めに言うと三人ともすぐ忘れてしまうので、私は「母の日」の前日に、
Aや息子たちによく催促したものでした。〜
という部分です。さらりと書かれてますが、違和感ありませんか?
犯行は絶対に理解できないし許せませんが、困ったことにこの本を読んでAに対する同情心がうまれてしまいました。
一方的ではいけないので、被害者家族の手記も読むつもりです。
最後に、母親は精神鑑定の結果が理解できないようでしたが、私は納得できました。
この事件の原因の一部がわかったような気がします。
引用元:
当事者が書いたものは、やはり違います。
出版するにあたり、少しでも同情や許しを得たいという気持ちもあるでしょうから、それなりに考えて書いただろうと思います。でも、隠そうとしてもやはり核の部分は現れてしまっているのではないでしょうか。
私が一番強く感じたのは、母親の自己愛、子供ではなく理想の家庭、母親像ばかり気にしていたのではないかということです。少年に対する母親の言動は一方通行でキャッチボールがなされていません。しようともしていません。例えば、手記の中、自分の言葉はしっかり覚えているのに、その時の少年の返事や表情は覚えていないことが多過ぎだと思います。少年から何らかのサインが出ていたと見て取れるのですが、書いている本人がまったく気付かず自分の都合のいいように解釈しています。
また、しきりに「厳しくしていない、勉強できなくても普通の子であればいい、本人の気持ちを優先してきた」と書いているのですが、「Aには期待していない、というより、Aは普通の子より出来が悪いからすでにあきらめている」という気持ちが見え隠れしており、おそらく表面にもでていたのだろう、と推測できます。
一番ぎょっとしたのは母の日のくだり最後で、子供達はこんなことをしてくれました、という微笑ましいエピソードかと思いきや、
〜母の日には、息子三人が肩凝り性の私の肩や手足をよくマッサージしてくれました。
「明日は母の日やで。」
あまり早めに言うと三人ともすぐ忘れてしまうので、私は「母の日」の前日に、
Aや息子たちによく催促したものでした。〜
という部分です。さらりと書かれてますが、違和感ありませんか?
犯行は絶対に理解できないし許せませんが、困ったことにこの本を読んでAに対する同情心がうまれてしまいました。
一方的ではいけないので、被害者家族の手記も読むつもりです。
最後に、母親は精神鑑定の結果が理解できないようでしたが、私は納得できました。
この事件の原因の一部がわかったような気がします。
引用元:
