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自らに置き換えて読むと・・・

なぜ君は絶望と闘えたのか
 「あぁ、あの事件を扱った本か」と書店店頭で手に取り、いつもの癖で帯に書かれた文言を目で追っていく。背側に回り、そこにあった本村氏が辞表を提出した際の上司の言葉に心打たれた。「労働も納税もしない人間が社会に訴えても、それはただの負け犬の遠吠えだ。」自分が上司だったら、こんな言葉をかけられるだろうか、と思った。
 そして、プロローグに書かれた「僕は、・・・僕は絶対に殺します。」という本村氏の言葉に頷いた。そして、本書を購入することにした。
 幼子を持つ身として、自分が当事者だったら同様の気持ちを持つだろう。司法の壁の前に不本意な判決を受け、「早く被告を社会に出して、自分の手の届くところに置いて欲しい。私がこの手で殺します。」という言葉にも頷いた。
 それだけではない。泣いた。泣くために買った本ではない。読んで泣くつもりもなかった。しかし、殺害状況や公判の様子、人々の言葉や行動に度々涙した。本を読みながら、これほど泣く経験は初めてだった。それほど、憤り、絶望し、考えさせられた。
 少年法、犯罪報道、司法の現状、人権擁護、死刑制度、被害者救済、それぞれの事柄にそれぞれの考えを誰しもが持っているだろう。ひとまずはそれらを置いて、読み、考えればいい。
 読み終えての感想は、本村氏にしても孤独であれば、復讐しか考えなかっただろう。人とのつながりが、彼を支え、世の仕組みを変えていったのだ。ならばこそ、その関係を断ち切る殺人は、何事を持っても贖うことの出来ない行為なのだと、改めて思った。
引用元:自らに置き換えて読むと・・・
なぜ君は絶望と闘えたのか
 一般的な小説的技法が使われない。たとえば、心理描写や長い独白がない。描かれるのは断片的な思考の切れ端だけだ。また、登場人物に対する第三者視点からの説明描写がない。いわゆるト書きに当たる部分だ。これら説明的な描写がほとんど無い。
 畑の真ん中一カ所だけで携帯の柱が三本立つ…だーっそんなこと大の大人なら無視してしまう極小エピソードだ。しかも妻の不倫と父の三度目!の結婚生活の破綻と、学校生活に行き詰まっているらしい義妹と、重要モチーフは満載の小説なのだ。これをドラマチックに盛り上げることなど、幾通りも思いつく。
 だが「僕」は、ぼんやりとあせりながら、もらいもののトマトの使い道に悩んだりミロの散歩にうつつを抜かしたり、花輪和一の漫画を読んだりしている。重大な事項と些末な事項が、同じレベルで「僕」を取り巻き、現実と同じ速さで小説内の時間が進んでいく。
 今までこの作家の読み方がわからなかったが、少しわかったような気がしてきた。ゆるゆると面白い。映画化されるそうなので、そちらも楽しみだ。
引用元:

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